定住し、身の回りの物を増やすという感覚は、彼にとって物慣れないものだった。
一般家庭にあるべき家具は、既にカルガが家と共に手配した後だった。それらは、ドロイドを苦手とするジャリンに向け、その手を借りなくて済む型式のものが選ばれていた。
今まで、凡そ定住とは無縁で、彼にとって生活空間といえば、今はなきガンシップぐらいのものだった。そんな彼が、見慣れない家具に困らないよう、新しい家にはきちんとマニュアルまで揃っている。
それ故、新しい定住先を手に入れたジャリンとグローグーが、目下必要なものと言えば、日々使う細かな日用品だった。
その日、新しい家の下見を済ませた彼らは早速、街にそれらを買いに出かけた。
食品、食器、洗剤に掃除用具、そういったものを買い足していくと、驚くほどの量になった。一人では持ちきれない量になってから、配達ドロイドを手配したカルガは、彼の肩を叩いて笑う。
「すぐ揃えなくても、必要になったら気に入ったものを買い足していけばいい。暮らすってのは、そういうことだ」
カルガは立場上、様々な業務で忙しいであろうに、様変わりしたネヴァロの案内を買って出た。ジャリンが普段寄付く場所は、船の修理、武器のパーツのある店くらいで、生活に必要な物資の方面に疎いこともお見通しだったらしい。
一度は断ったが、
「お前がちゃんとしないと、お前のおチビちゃんが苦労するだろう」
と言うので、ジャリンはその厚意に甘えることにしたのだった。
荷台に日用品を積み込んだドロイドを見送って、彼は隣に立つカルガに向き直った。
「ありがとう。色々と助かった」
「なに。お前はもう、俺が面倒みるべきネヴァロの住人だからな」
面倒見の良いカルガは気にした風もなく、鷹揚に頷いてから、遠ざかる荷台を一瞥して眉を寄せる。
「しかし……お前、日用品以外は殆ど子供のものしか買っていなかったな」
「そうだったか?」
指摘されて首を傾げると、カルガは呆れ果てた表情でジャリンを見据えた。それを受けて、ジャリンは仮面の下で同じように眉を寄せる。
そもそも、ジャリンが必要とするものは、買い足すまでもなく揃っている。武器や鎧の整備に必要なものは、まだ船に積んであった。子供の、グローグーが必要とするものが多かったというだけだ。
例えば、行く先々で大量にねだられた菓子。お気に入りのブルーマカロンなどは最たるものだ。
「……まあ、子供ってのは何かと物入りだからな」
カルガは納得したというよりは、慰撫するような響きのある語調で、もう一度ジャリンの肩を叩いた。彼も何やら納得はいかなかったが、顎を引いて曖昧に頷く。
「さて、必要なものは揃ったようだし、俺はそろそろ戻るが……。おい、マンドー。あの子は何処行った?」
ジャリンはカルガの言葉で、幼子が見当たらないことに初めて気がついた。先程までは、ジャリンの足にしがみついていた筈だ。慌てて振り返り、食糧品が売っている露天にそれらしい影を探すが、見当たらない。
不安に駆られて周囲を見渡し、彼が駆け出しそうになったその時、広場につながる道の真ん中に、見慣れた子供が立っているのが見えた。
通行人に紛れてしまいそうな、本当に小さな彼の愛し子は、彼らに背を向けて広場を眺めている。
ジャリンはその背を見つけて、思わず詰めていた息を吐いた。
「グローグー」
ジャリンは足早に歩み寄って、その小さな身体を抱き上げる。
「勝手に傍を離れるなと言っただろう」
ナヴァロの街は比較的治安の良い場所であるし、グローグーもただの子供ではないが、何事にも絶対はない。人混みでは、常に離れないよう言い聞かせているが、何分幼いグローグーは、興味の惹かれるものを優先し易かった。少しも目を離しておけない。
腕の中の子供は、ジャリンの憂慮を分かっているのか居ないのか、広場を食い入るように見つめていた。
ジャリンも釣られて広場に視線を移す。
長閑でよく晴れた午後の日差しの下、広場を行き交う人は種族も様々で賑やかだ。親子連れや、近所の子どもたちが声を上げて遊んでいる。
「どうした、お前も遊びたいのか?」
「うーぅ」
問いながら熱心に見つめる視線の先を追ってみるが、グローグーはどうやら、子供達を見ているようではなさそうだ。
「あれを見てるんだろう」
少し遅れてやってきたカルガは、広場の中央を指し示し、ジャリンはその先を目で追う。
其処にいた男性と三歳くらいの少女は、どう見ても親子だった。父親に高く持ち上げられた少女は、楽しそうに笑い声を響かせている。
子どもたちが遊ぶ声に混ざって、少女が高く持ち上げられる度、笑い声が響き渡る。父親がくるくると回れば、悲鳴に似た高い歓声が上がった。
思わず顔が綻ぶような、平和な光景だ。
ぼんやりとそれを眺めていると、同じように頬を緩めたカルガが、ジャリンとグローグーを見比べる。
「お前も、やってやったらどうだ?」
「何?」
「だから。その子に、ああやって遊んでやったらどうだ?」
「……俺が?」
「他に誰がいるってんだ」
ジャリンは困惑しながら、腕の中のグローグーに視線を落とす。
すると、先程までじっと広場を見据えて見向きもしなかった幼子と、しっかりと目が合った。彼はまん丸の瞳を輝かせ、ジャリンを見上げてくる。
「ン、あう!」
しっかりと会話を聴いていたらしいグローグーは、広場の親子を指さして、声を上げた。期待に満ちた眼差しを向けられ、ジャリンは途方に暮れて、カルガに視線を移す。
「ほらな。やってほしいみたいだぞ」
しかし、カルガは脂下がった笑みを返すだけだった。
味方は居ないと悟ったジャリンは、深々と嘆息を落としてから、広場の親子を観察した。
マンダロリアンにも、孤児は多くいる。しかし、訓練で接したことはあっても、ただ遊ぶという目的のために接したことは、皆無に等しい。子供同士が遊んでいるのを眺めることはあっても、そこに加わったという経験も、勿論なかった。
つまるところ、彼は普通の子供への遊び方というものの心得を、持ち合わせてはいなかった。
そうして彼は幼い頃を思い出そうとして、やめた。
彼の父は子煩悩で、優しい人だった。よく話もしてくれたし、色々なことを教えてくれた。遊んでもらったこともある気がしたが、それらすべて、上手く思い出すことはできないことを、もう知っているからだ。
そして、父のやり方も、仲間のやり方も、なぞる必要がない。何故なら、腕に抱えた幼子は誰よりも特別で、誰とも違う。
そんな特別なその子供が何に喜び、何が好きなのかを一番知っているのは、この銀河中でディン・ジャリンの他には誰もいないからだ。
「高く、持ち上げればいいのか?」
「ああ。まあ……、そうだな」
「分かった」
抱いていたグローグーを抱え直し、両手でしっかりと両脇を挟む。グローグーの小さい身体は、それだけで抱えきれてしまう。それを真上に掲げると、幼子はそれと分かるほどに喜色を浮かべた。
そうしてそのまま、背についていたジェットパックを起動する。
「はあ!?」
突然のことに目を瞠ったカルガの声は、ジェットパックの音に紛れて、ジャリンの耳には届かなかった。
「んきゃぁーあ!」
掲げた儘のグローグーが挙げる歓声が、尾を引いてジャリンと共に空へと上がっていく。
空気抵抗を考え、生身に耐えうる可能な限りの速度で飛び上がれば、地上はまたたく間に遠退いた。上空の空気は冷たい。あまり上がりすぎないよう気をつけつつ、程々の高さで停止する。地上を一瞥すると、最早人影はそれと判別出来ないほどに小さかった。
「きゃあ! キャーぁぅ!」
「……ふっ」
雲一つ無い晴天の中、弾けるような笑い声が響き渡る。手の中に収まったグローグーが、きゅふきゅふと上機嫌に笑う声に、ジャリンも釣られて笑ってしまう。
気を良くして、その場で踊るように回って見せれば、
「きゅぁー!」
と、手を振り回して身体を捩るので、ジャリンは慌ててグローグーを胸に抱え直した。
途端、グローグーは口を尖らせて低い声を出し始める。
「ンンー! ぶ、ぶぶぅ」
それは不満があるときに、よく出す声だ。グローグーが何を言っているかジャリンにはわからなかったが、文句を言っているのだということだけは分かっている。
「暴れるな」
「ううー!」
「だめだ。もう戻るぞ」
丸い瞳がじっと、強請るように見上げてくる。
きっぱりと拒否しながらも、ジャリンはその瞳には滅法弱い。多分、そのことにグローグーは薄々気付いているのだろう。甘やかしてはいけないと思いつつも、ジャリンは肺が空になるまで、嘆息を吐いた。
そうして、彼はジェットパックの起動を切る。
「きゅわー!!」
自由落下を始めると、再びグローグーの高い笑い声が空に響いた。
着地のタイミングに合わせて直前でジェットパックを起動したため、少々派手な帰着になってしまった。
誰もが突然空から降ってきた人間に驚いて身を引いたが、二人の帰りを待っていたカルガだけは、苦笑とともにそれを出迎える。
「おかえり。そのあやし方は、マンダロリアン式か?」
「そうじゃないが、こいつはこっちのほうが喜ぶ」
グローグーは興奮のためか、呼吸を早くしながら、耳と腕を大きく振り回している。その様子に、カルガは苦笑を深めて頷いた。
「……そうみたいだな」
「今日は付き合ってくれて助かった。礼は今度しよう」
「気にするな。よかったな、おチビちゃん」
去り際にカルガはグローグーに声をかけたが、余程楽しかったと見える幼子は、ジャリンのベルトを引っ張ったり、鎧を叩いて催促するのに忙しいらしく、見向きもしなかった。
「 それじゃあ、 またな。マンドー」
それを気にした風もなく、カルガはジャリンと目を合わせて一つ頷くと、背を向けて仕事に戻っていく。
しばらくその背を見送っていたジャリンに、焦れたグローグーが抗議の声を挙げた。
「アー!」
「分かった。分かったから、落ち着け」
全身を使って訴えるグローグーを抱え直す。
グローグーの呼吸はまだ早い。どうやら、興奮させすぎたようだった。
ジャリンは腕の中を覗き込むように見下ろし、幼子に言い聞かせる。
「いいか。お前が欲しがって買った食べ物も、早く帰ってしまわないといけない。終わったら、またやってやる。いいな?」
「ぅー……」
本当に渋々といった体でグローグーが頷くのを見届けると、彼らは家路を急いだ。
道中、市街地を出た後に、ジャリンがジェットパックを起動しつつ、幼子に告げる。
「お前にねだられたからじゃない。買ったものを早く整理しないと」
というのが、ジャリンの言だった。
わざわざ口に出して幼子に主張した内容の信憑性は定かではなかったが、ともかく、グローグーの機嫌はそれで上向いたらしく、少なくとも帰宅後暫くは続いた。
その後、きっちりと買った食糧品が冷蔵庫にしまわれた頃、待っていたグローグーの要請に負け、ジャリンは約束をしっかりと果たす羽目になった。
マンダロリアンは交わした約束を破らない。
しかし、彼は口に出したことに若干の後悔を感じながらも、それでも、グローグーにねだられる儘、日が沈んで暗くなるまで、何度も何度も、繰り返しジェットパックで幼子と共に空へと舞い上がったのだった。
その日、ジャリンが一番口に出した言葉は、
「もうこれが最後だぞ」
だったことと、勿論、そう口にして終わりだったことはなかったことを、彼が腕に抱いた、幼子だけが知っているのだった。
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