意識の浮上は、いつだって、水面から浮き上がるようだ。背をやんわりと押されたように目が覚め、そして、いつもその事に失望する。
流れ星に祈ったところで、願いは叶わない。願いを聞き届ける万能の神様もいない。フォーチュンクッキーも大概、嘘っぱちだ。
「あー……クソ、また失敗した」
彼は四肢を投げ出した儘、呻いた。試しに動かせば、四肢の感覚もしっかりとある。落胆を其の儘に脱力すると、
「そのようだな」
頭上から、返るはずのない応答があって、ウェイドは目を開ける。
寝そべった儘の彼の頭、そのすぐ傍に、誰かが腰を下ろしている。可能な限り首を動かして仰ぎ見ると、逆さまに映った世界に見知った横顔があった。
「ローガン? ヤダ、久しぶり。え、久しぶりだっけ?」
挨拶もそこそこに、起き上がる。
見渡した小屋であった場所は、惨憺たる有り様だった。何処も彼処も見る影もない。壁という壁は吹き飛び、無惨に焼け焦げた鉄骨がその姿を晒している。かろうじて焼け残ったらしい天井の一部は、風が吹けば今にも落ちてきそうだ。
ウェイドがそれを無感動に見渡して得た感想と言えば、
(クソっ、高くついたのに、あれでも爆薬足んなかったかぁ。次もうちょっと増やそ)
である。
そして身体を起こして漸く、身体を覆うように布が掛けてあることに気がついた。記憶にある限り、吹き飛ぶ前の粗末な小屋には無かったものだったので、傍に座っているローガンがどこからか調達したものに違いなかった。
吹き飛んでから再生した身体には、当然衣服らしきものはどこにもなかったので、ウェイドはその粗末な布を見下ろしてから、
「見たわね?! クズリちゃんのエッチ!」
と顔を上げて罵ると、案の定、これ以上ない程不機嫌な顔に、鋭い目線が向けられる。加えて、これ見よがしに上げた拳から、勢いよく三本の刃が突き出ると、反射的にウェイドは悲鳴を上げた。
「キャー! 暴力反対!」
勢いよく布を跳ね上げて、その下に隠れるウェイドに対して、重苦しい溜息が降ってきた。
「……言っておくが、爆薬では死ねないぞ」
その低い声音には、多少の苛立ちが含まれている。怒っているようでもあったし、叱っているようでもあった。
「でも、回復するまでなんも考えなくて済むのが良くない? あ、なんかおすすめの方法あったら教えて?」
「とりあえず、入水はやめておけ」
「うげ、苦しそう。硫酸とかやった?」
「ああいう類は、意識が落ちるまでは地獄だな」
「やっぱり? ヤダなー、楽してポックリがいい」
「ハッ、そんな楽な方法があるか」
「生きるほうが苦しいなら、死ぬのくらいは楽でもいいと思うじゃん?」
きっとその声は、いつもの通りの冗談めいて、明るくできたはずだ。目深に被った薄汚い布の下、彼自身はそう信じた。
「……ローラが」
しかし、きっと上手くいかなかったのだろう。継がれたローガンのその落とすような呟きは、酷く優しい響きをしている。
「最近お前の姿を見ないと、心配していた」
ウェイドがその声に釣られて布から顔だけ出すと、ローガンの横顔はやはり不機嫌そうな儘だ。
「なにかあったのかもしれないと煩くて、見に来てみたらこれだ」
これ、とは見る影もない小屋の有り様を指すのだろう。大量の爆薬と共に爆散してみた、などという奇行とも言う。
「……心配?」
「そうだ」
問えば、軽い頷きと共に、憂いを込めた目線が彼に落とされる。その瞳を見上げて、ウェイドは思わず尋ねる。
「……ローガンも?」
きっと否定が返るに違いないとウェイドは予想していたが、彼はじっと目を逸らさずに、少しだけ困ったように笑ったかと思うと、
「そうかもな」
と、曖昧な肯定を寄越した。
刹那、彼を誂う言葉は幾千も浮かんだ。実際に口にするつもりだったし、茶化してみせるつもりだった。ただ、それは音にも、言葉にもならない。中途半端に空いた唇からは、震える吐息だけが漏れた。人呼んでお喋りな傭兵の名が泣くというものだ。
押し黙ってしまったウェイドに、ローガンは何も言わなかった。しばらくウェイドを見下ろし、ややあって、今や吹き抜けになってしまって、景色ばかりが見える遠くに視線を移すと、
「お前、明日暇か?」
と、問うた。
「は? ん? 予定はない、と思う」
脈絡の無いの問いに、ウェイドは一度吹き飛んでしまった頭から予定表を引っ張り出す。すぐには思い出せなかったが、きっと予定は無かったはずだった。
「明後日は?」
「ない……、と思う」
「暫くは予定空けとけ」
「んん……? え、まさかと思うけど、誘われてる? ローガンに?」
「不満か」
「え、明日空からサメでも降りそうかなって思う」
「嫌ならいいぞ」
「イヤー! 待って、諦めないで! ウルヴィーのデレ超レアじゃん! 出会ってからこの五十年そんなイベントあった!? 向こう百年は拝めないかもしんない!!」
ウェイドは慌てて跳ね起きると、ローガンとの距離を詰める。刺されないギリギリまで詰め寄って、訴えた。
ローガンはその必死な様子を確認すると、一つ大きく息を吐いて、
「わかった。なんなら、これから飲みに行くか」
と軽く肩を竦めた。
「ローガンのお誘いで奢り!? 絶対行くぅ!」
「……現金な奴め」
ウェイドの表情が明るくなったのを見届けて、ローガンは顔を逸らして、そっけなく吐き捨てる。けれども、彼はその面に、ほんの少しの安堵を乗せながら、口角を上げた。
***
急遽立てた予定に浮かれて立ち上がったウェイドは、近くに停めてある車に替えの服を積んでいたらしく、ボロ布を羽織って裸足で廃墟をでいく。
廃墟と化した小屋の近く、当の車は廃車寸前だったものが、爆風の煽りを受けたのか、廃車そのものとなっていた。
「服はトランクの中だから大丈夫!」
とは本人の言だが、そのトランクグリッドも上手く開かない有り様で、ローガンが呆れて見守る中で、ウェイドは車と格闘を始めている。
「このポンコツ! オデッセイのほうがまだマシかも!」
そんな愚痴を聞くともなしに、ふと目を落とすと、ローガンもウェイドも煤まみれだった。腕についた煤を払いながら、背後の骨組みだけになった建物を見上げる。周囲には人気もなく、何に使われたかもわからない、一軒だけの建物は、やけに侘びしく感じた。
ウェイドが何故こんなところを選んだのか、その理由がわかるような気もしたし、わからないような気もする。
ローガンはウェイドに視線を戻して、その背に声をかけた。
「今度から爆発する前に飯でも食って寝ろ。思い留まれるかもしれん」
トランクを開けようと四苦八苦しているウェイドは、振り向かずにそれに答える。
「えー? それ、長生きした先人の知恵ってやつ? でも、アル中だったアンタから言われてもぉ」
「それで済むなら、爆薬買うよりは経済的だろ」
「それはそう」
「……それでもだめなら、連絡してこい。話くらいは聞いてやる」
ほんの少し迷って掛けた言葉は、しかし、派手なトランクの開閉音にかき消された。
「開いたー!」
ウェイドの歓声が上がって、中に入っていた電話を取り出すと、彼は嬉しそうにローガンを顧みる。
「あ、ローラ誘っていい? 元気になった俺ちゃんの姿見せてあげないと」
「……そうだな」
その様子に、気遣いのつもりで掛けた言葉は全く届いてないと知って、ローガンは眉を寄せて頷いた。
「えっ、なんか怒ってない?」
勿論、その後唐突に不機嫌になった理由を追求したウェイドは、ローガンの爪の圧力に負けるのであった。
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